外的な悪や外傷は、当然 自他共に目に見えて認識でき、対応の早さや対処のしようがありますが、内面的な悪については、無意識下、自覚症状がない場合や本人が自覚していなかったり(無自覚)、それこそ症状が外部に出た頃には、時すでに遅しということが多々あります。

気付いた頃には、もはや修正不可能な人格が形成されてしまっていたり。。。

聖書は、内面的悪を正すことに注意が置かれております。

外的な悪については、他人や第三者が外的に認識でき対処のしようがありますが、

内的な悪は本人でない限りどうにもできない。誰も介入できない。5%の責任分担。自分の魂は自分でしか救えない。

法的にでも、外部の強制力も及びませんから。

内面的な悪は、より長期化する場合や、潜在化・・・正すのは難しい場合があるかもしれません。

しかし、だからこそ、そこで、人格を修正するために必要になってくるのが、

【自己申告】

【告白】告解

【懺悔】
悔い改め


ということでなのです。


何かがあろうがなかろうが、しつこいほど、告白・懺悔といわれるわけです。無自覚の場合や自省や自己分析できていない場合もあるでしょうから。自らを省みる行為。

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